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創建と歴史

小塚淡路守秀正とその功績
宝のごとく満たす池

小塚淡路守秀正とその功績
宝のごとく満たす池

加賀藩に仕えた
荒子七人衆の一人
小塚秀正が創建

戦国時代から江戸時代にかけて活躍した武将で、加賀藩の初代藩主となった前田利家が金沢城に入るときに、自分に仕えていた七人の家臣の一人である小塚秀正が建てたお寺が大蓮寺です。

当初、大蓮寺は御馬屋町(現、木ノ新保町)という場所に建てられましたが、後に当地が前田家の御用地になった為、そこで、前田家から現在の場所を拝領し移転しました。
野町は、金沢市の中心部から近い場所にあり、ひがし茶屋街・主計町茶屋街と並ぶ金沢三茶屋街のひとつ「にし茶屋街」がある町です。
金沢市街ですが、大蓮寺は静寂な雰囲気の中にあります。

山号「宝池山」
由来について

山号とは寺院に付けられる別名のこと。仏教の教えや歴史にちなんだものが多いですが、大蓮寺の場合、寺院の位置が前の道路から見て段丘のために低いことから"水が溜まる池"に見立てたということです。
阿弥陀仏は浄土を開いた仏として信仰されています。宝は貴重なものや美しいものを意味し、阿弥陀仏の教えを尊ぶ心を表しています。つまり、宝池山という山号は、阿弥陀仏の教えを深く受け入れて浄土に近づくという願いを込めたものだと言えます。